コラム〈前照灯〉17  【もう帰りたくない】

 冬枯れの田んぼに真っすぐな線路が延びる。陸羽東線は宮城、山形県を東西に走るローカル線だ。東京駅から東北新幹線で2時間ほどの古川駅で2両編成のディーゼル列車に乗り換えた。カッタン、カッタンと線路の継ぎ目を踏むゆっくりしたリズム。人に優しいスピード感が心地よい

▼やがて山が近づき雪景色に変わった。40分ほどの鳴子温泉駅で硫黄のにおいが届いた。駅舎に足湯がある粋なはからい。時間が止まったような駅前商店街の薬局で「ケロちゃん」に会った。カエルをかたどった薬の販促用人形。昭和の横浜でよく見掛けた。かわいさが募り、酔っぱらいが自宅に”お持ち帰り”した。ここではいまだ健在なのだ

▼路地の奥には共同浴場「滝の湯」がある。創業300年超のヒノキ造り。木の幹をくり抜いた樋(とい)から大量の新鮮な湯が流れ落ちる。地元のじっちゃんたちが野菜作りを反省していた。大正ロマン、明治の風情を超え、江戸時代の暮らしが伝わってくる

▼こんこんと源泉がわく鳴子。旅館の内湯はアルカリ性でさらさらの美肌湯、露天風呂は、がつんとくる酸性の硫黄泉と多彩なのもいい。ゆったり過ごす湯治文化もある

▼ローカル線の旅は至上の時間に出合う。もう、あそこには帰りたくないと誰もが思う。

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