「シロクニ」という愛称が嫌いだった。あだ名などいらないくらいに「C62」は押しも押されもせぬ機関車であったはずだ。生まれも同じ1948年。動輪の直径も1750ミリと自分の身長とあまり変わらない。それだけ思い入れも深かった
▼曲折はあったにせよ国鉄最後の花形機。豪華なハドソンの足回り。丸みを帯びた美しい胴体。狭軌を走るには身をもてあますほどだが、その均整にほれぼれとした。だが、それゆえ軸重や車軸配置からいって、規格の低い線区には転出できない。自らの適応を狭める宿命を背負ってもいた
▼幹線優等列車専用の49機はやがて電化に追われる。多くが山陽本線の甲線規格のバイパス・呉線にすみかを移したのは当然のなりゆきだった。巨像が死地に集まるふうにさえ見えた。同線の全線電化は1970年。いよいよ架線柱の立ち並び始めたころ、沿線を訪れた
▼築堤の上を、切り通しの下を、線路に沿う砂利道の中をカメラ片手に歩いた。糸崎から寝台急行「安芸」をヘッドマーク付きで牽引する姿に興奮した。だが一方で、ひとつの急行の区間業務だけに身をやつした姿が切なくもあった
▼落ちのびた武将のような、早晩、落ちのびていくところさえなくなるだろうC62の無聊―。くすんだ客車を引き、下り勾配で絶気して軽々と走る姿に、瀬戸の落日が重なってみえた。
(F)
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