作業部屋内の有線からは演歌が流れていた。
座面の高いイスに腰掛けて、マスクと衛星帽子をかぶった8人が黙々と包丁を動かす。

「箱とご飯のサイズは決まってるからね。厚すぎると詰められなくなっちゃうよ」
10年以上酢じめされたアジを切る「鯵切り」の仕事に従事する横浜市戸塚区の60代女性。
スッスッと迷いのない真っすぐな包丁さばき。半身のアジが見る見るうちに見慣れた押寿しのネタにかわっていく。
鯵の押寿し作りのなかでも熟練を要し、製品の見た目や駅弁としての個性に重要な位置を締めてくるのがこの鯵切り(あじきり)の作業だ。

コンビニ弁当などと違い、車内食としての歴史や旅客の荷物にならないような配慮から、駅弁は「手のひらにおさまるようなサイズ」(多武課長)が大きなこだわりだ。
鯵切りはそうした駅弁ならではの制約に直面する作業でもある。
大きさによって包丁さばきも異なる。小あじを使うSサイズは、半身のアジにもう一度包丁を入れて開く。
力加減を間違えて刃が貫通してしまうことを身割れとよび、これは商品にならない。
かといって開きが甘くても見た目が悪く商品にならない。ぴったりの開き具合は熟練の感でもある。
鯵切りの初心者はSサイズは扱わせてもらえず、2回りほど大きい中あじのLサイズから始めるそうだ。

Lサイズは、削切りで仕上げる。皮目を下に向けて、尾びれに近いほうから斜めに薄く身をそぐように包丁を入れる。
この作業を5回。1枚の半身から5切れを切り出しつつ、腹や末端のでっこみを切り落とす。1枚1枚のサイズを同じにそろえることに細心の注意をはらいながらの作業になる。
切り終えたアジがみるみるうちにバットに並べられていく。1時間で1バット、1日に6~7バットを仕上げる(1バットは300~350切れ入る)という。
この工程の最後が「追い酢」。
酢の利き具合など味の最終チェックが行われる。

【はしがき】
ちなみに包丁は個人所有。自分で研いで調整する。刃の欠け方も長年使っているとその人のクセがついてくるため、個人所有の方がいいそう。
(※「鯵の押寿し」の表記は一般的には押し寿司、押寿司などありますが大船軒の商品名に従いました)