千葉県のローカル線「いすみ鉄道」に、1965年製の”新型車両”がこの春から走っている。JRが廃車にしたディーゼルカーを譲り受け、観光資源の一つとして再生したものだ。ゴゴゴ…とうなる古いエンジンの音が、地域に根ざした鉄路の奮闘ぶりに重なって聞こえてくる。
国鉄のローカル線の主力だったキハ52。土休日に運行中
線路敷きに生い茂った夏草を揺らして、1両の列車がやってきた。朱色とクリーム色に塗られた人気車両「キハ52」だ。国鉄時代に112両が造られたが、現役はこの1両だけ。昨年まで長野、新潟県境のJR大糸線で使われていたのを、いすみ鉄道が約3千万円をかけて整備した。
「いいでしょう」と自慢げに顔をほころばせる、いすみ鉄道の鳥塚亮社長。自身、根っからの鉄道ファンで「走っているだけでニコニコする車両を」と思い切って導入したという。とはいえ、これは決して道楽ではない。赤字が続き、廃線の話まで持ち上がったローカル鉄道を存続させるための、切実な「作戦」の一環なのだ。
いすみ鉄道は外房の大原から内陸の上総中野まで26・8キロを結ぶ。ルーツは1930年に開業した旧国鉄の木原線。国鉄が同線を廃止対象と決めたのを機に、1988年から沿線自治体などが出資する第三セクター方式で運営されている。が、ついに数年前、「収支の改善見込みが立たない場合、廃止も検討する」と宣告されてしまった。
鳥塚社長が就任したのは、そのさなかの2009年。航空会社の部長職をなげうって名乗りを上げた「公募社長」だ。以降、自社商品の販売やムーミンをあしらった列車の運行などで注目を集め、昨年8月にようやく存続が決定した。キハ52はさらなる集客のための担い手というわけだ。

普段は黄色いディーゼルカーが走る。夏草が線路に生い茂る
「乗らずに、写真を撮るだけでいいから」「車で来て、駅のホームでお弁当を食べて帰ってもいいじゃない」。鉄道会社の経営者なのに、鳥塚社長はこんなことを言う。つまり、駅で土産物を買ってくれれば鉄道会社の売り上げになる、という発想の転換だ。
地元に対してもそう。線路がなくなったら寂しい、という感情論は「決してエゴではない」。80年も走り続けた鉄道を”古里の風景”と捉えればいい。要は、沿線が「残したい」と共通認識を持つことだ。実際、存続を願って住民が募金を集めたこともある。
今は、いすみ鉄道が集めた観光客に、どうやってお金を落としてもらうか―が、地域人たちの知恵の絞りどころとなっている。
このキハ52、エンジンのうなりは物々しいが、スピードはあんまり出ない。ゴトンゴトンと線路の継ぎ目をたどり、揺れながら目的地を目指す。といっても乗客にとっては、この列車が「目的」なわけだが。
運転席の横で前を見ていると、列車が進むにつれ、線路際にいたスズメが次々と飛び立つ。ぶつかりやしないかと心配になるが、列車がのんびり走るから、大丈夫らしい。
(斉藤 大起)
【アクセス】
いすみ鉄道、実は神奈川から結構近い。横浜駅東口からアクアライン経由のバスで五井まで約1時間10分、そこから、これもローカル線の風情豊かな小湊鉄道に乗り、1時間10分ほどで上総中野へ。大原へは東京駅から特急「わかしお」で約1時間10分。
車の場合は、横浜から大多喜まで、アクアライン経由で1時間半~2時間程度。帰途には金谷から久里浜まで、東京湾フェリーに乗って船旅を楽しみたい。