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〈鶴見線の思い出〉 【下】 「55.5.5」記念券を発案

2011年4月13日 水曜日

昨年、開業80周年を迎えたJR鶴見線。京浜工業地帯の工場街を縫って走り、多くの通勤客を運んできた。終戦直後から30年以上にわたり国鉄マンとして働き、同線を見続けてきた小林照明さん(84)=横浜市鶴見区=は、往時を懐かしく振り返る。半生を過ごした、まさに「青春の地」―。

【上中下の3回に分けて掲載します】

5並びの日の記念切符。写真はクモハ12

5並びの日の記念切符。写真はクモハ12

「マルスは人に負けなかったね」と小林さん。マルスとは、全国の列車の座席指定券を予約、発券するコンピューターシステムのこと。そのマルスを駆使して、意中の列車は必ずモノにしたというのだ。

鶴見線の駅の出札口が機械化されていった昭和40年代ごろ、在来線の寝台特急や特急列車は人気が高く、なかなか切符が取れなかった。今ほど列車本数が多くなく、座席数も新幹線に比べて格段に少なかったためだ。例えば…「出雲(東京と鳥取、島根を結んだ寝台特急)のA寝台の下段はまず取れなかったね」。

当時の発売日は、運転日の1週間前(現在は1カ月前)。機械を駆使して…というと、その瞬間に全神経を集中させて100メートル走のピストルで駆け出すように「発券」のボタンを押す―そんな光景を思い浮かべてしまうが、小林さんは「売り出しの切符は当てにしなかった」と話す。意外にも、本命はキャンセル待ちだったという。

理由はこうだ。人気列車の場合、団体客が先に多くの席を押さえてしまうために、希望の席はなかなか買えない。こういう団体は、得てして多めに予約しておいて、余った分をキャンセルするものだという。小林さんは、そのキャンセル分を狙った。随時あるキャンセルは“いちにのさん”でボタンを押す発売開始時に比べ、競争率が低い利点がある。

いつキャンセルが出るか、それは長年の経験で知っていた。「3日前だ」。その日にマルスに問い合わせると、果たして「特急のグリーン車も寝台も、あるんだわ、狙った列車はだいたい取れたね」。機械を駆使して―というよりも、利用客の行動パターンを読む研究心と、乗りたい列車に乗ってほしいという熱意のたまものだろう。

同じく、5並びの日の硬券も用意された

同じく、5並びの日の硬券も用意された

鶴見駅に勤めた三十数年間の中で、小林さんの一番の思い出は「55.5.5」の記念切符を企画したことだ。鶴見線には「昭和」という駅がある。昭和肥料(現・昭和電工)の最寄りにあることから名付けられた駅名だ。元号と同じこの駅名と、「5」が並ぶ昭和55年5月5日。そうだ、「55.5.5」が刻印された記念切符を売ろう―。小林さんは「2年ぐらい前に思いついた」と振り返る。周囲は「そんな趣味の人はいないよ」と冷ややかだったというが、小林さんは引き下がらず「せっかく昭和という駅名があるのだから」と説得し、発売にこぎ着けた。硬券や記念券を大量に刷って備えた。

ふたを開けてみると、予想を超える大盛況。当日は鶴見駅にも昭和駅にも、大勢の人が記念切符を求めようと駅に並んだ。3万枚用意した切符を完売し、追加予約も実施。客の列は鶴見駅東口の京急鶴見駅の方まで連なっていたという。「警察や京急から文句を言われたけれどね」と、小林さんは笑う。

(齊藤 大起)