よせばいいのに、地吹雪の青森で津軽鉄道の写真を撮っていた。遮るもののない平原を歩いていくうち、1メートル先すら見えなくなった。目の前がやけに明るいと思ったら、真っ白な中から車のヘッドライトが現れた。幸いひかれることなく、顔も耳もすっかり凍り付いたところで駅に戻った。眼鏡が急に曇った。古びた木造駅舎の待合室に、ストーブが赤々と燃えていた。旅人の心を温めるのに十分だった。
かつて紀行作家の故・宮脇俊三さんは、さまざまな著書で、駅とは笈を負った人が通過し、寄る辺ない人が集う場所だと記した。収益性では計れない鉄道のぬくもりを、今なお、しばしば実感させられる。
津波で線路が流され、沿岸部の43.7キロが不通になっているJR大船渡線をめぐって、廃止の論議が地元から持ち上がった。大船渡市中心部の盛(さかり)駅でさえ、1日平均で346人しか利用しない、もう役目は終わった、というのがその趣旨だ。
346人「しか」と言っていいのか、「も」と言うべきか、免許のない高校生のための「教育支援」という観点はどうか、地図から鉄道の消えた町に今まで通り観光客は来てくれるのか…。そういう社会的機能にも思いをいたさなければならないとして、ひとまずさておき、地元の名士の意見に気になる一言があった。いわく「郷愁を言っている場合ではない」。
通学の車内で、友達と英単語の問題を出し合ったり、ひとり文学作品に没頭したり、あるいは恋をはぐくんだり。そういえば、ローカル線の小さな駅の待合室で、相合い傘の落書きをよく見かける。
みんな「郷愁」だ。ついでに鉄道以外に話を広げれば、「先祖代々の土地に住み続けたい」とか「生まれ育った町のたたずまいは、変わらずにいてほしい」という感情もまた、「郷愁」だろう。そういう暮らしの記憶や潤いを、簡単に「郷愁にすぎぬ」で片付けてほしくない。
郷愁、いいじゃないか。人々の心にどれだけ寄り添えるか、それによって地域の温かみは変わる。銀色に光るレールに心動かされた人は、たくさんいる。
(齊藤大起)
大船渡線・鹿折唐桑駅。レールはさび付いた