この「カナロコ鉄道ノート」から生まれた神奈川新聞社の創業120周年記念列車「カナロコ列車」が、11月20日、ついにJR線上を快走した。きっかけは、鉄道好きの記者たちが“妄想”のつもりで書いた落書き。それがいつしか、プロの鉄道マンを動かし、多くの乗客の笑顔を乗せて走る、いっぱしの「列車」にまで成長した。ここであらためて、運行が実現するまでの経緯と、準備に奔走したJRの方々の仕事ぶり、そして当日乗ってくださった皆さんの様子を交え、振り返ってみよう。
【上中下3回に分けて掲載】
《12月3日付の「神奈川新聞」には、「カナロコ列車」の1ページ特集を掲載する予定です》
「なんか、うそみたいだよねえ」。私と大無田記者は、JR東大宮操車場の線路上に立って、ちょっと感激していた。目の前には、「カナロコ列車」に使う183系が、そびえるように止まっていた。正面の“おでこ”には、三角形の特急シンボルマークがきらりと光っている。
11月18日。「カナロコ列車」の運転を2日後に控え、この日はヘッドマークを取り付けることになっていた。ヘッドマークは、葛飾北斎の「富嶽三十六景」にある「神奈川沖浪裏」を図案化したイラストで、カナロコのオリジナルデザイン。CGのデータを専門の業者に渡し、ヘッドマークの枠にぴたりと合うシールを作ってもらった。それを取り付けるわけだから、言ってみれば「カナロコ列車」の誕生の瞬間ともいえるだろう。
ところでこのヘッドマーク、かなり早い段階でできあがっていた。たしか桜の季節には完成していたと思う。貸し切り列車を運行するとなれば、主催者として準備すべきことはたくさんあるが、私たちは「何をおいても、まずはヘッドマークを…」と、勢い込んでいた。
実際にデザインしたのは、私や大無田記者の先輩、小野たまみ社員。「あの、小野たまさん、ちょっとお願いがあるんですけど…」。ある日、昼ご飯に誘って打診した。「実はですねえ、電車のヘッドマークを作ってほしいのですよ。ホラ、昔の特急に付いてたじゃないですか、アレです、アレ」。小野たまさんはデザイナーである。こういう話には、本業そっちのけで乗ってくれる。「やるやる。どんなの?」という具合だった。
なぜ、一番にヘッドマークをデザインするのか。ヘッドマークといえば、国鉄型の特急列車の「顔」だ。その列車がどんなところを走るのかを端的に示し、その上、人々の旅心をも誘う。「カナロコ列車」のコンセプトの根幹にかかわってくる、重要なアイテムなのだ。単なる飾りではない。
作業員の慣れた手つきで、シールが183系に貼られていく。クリーム色の車体に、水色を基調にした「かながわ」のヘッドマークが映える。その書体は、特急「わかしお」や寝台特急「なは」などのマークを参考にしたものだ。実在したかのような絵柄にこだわった。周りにいたJRの皆さんからも「おお、かっこいいですねえ」と声が上がる。これは、とてつもなくうれしかった。現場の鉄道員が評価してくれたのだ。
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