福島・会津の民芸品の真っ赤な張り子の牛になぞらえて、その機関車は「赤べこ」と呼ばれている。東北地方を駆け巡った赤い電気機関車、ED75形。1963年から76年にかけて300両余りが造られた。
全長20メートルある客車や貨車に比べると3分の2ほどの長さしかない小兵だが、力は強い。かつて蒸気機関車が3台も連なって、それでもあえぎあえぎして上った峠道を、「赤べこ」は2両、ときに1両で快走した。
福島、宮城の沿岸を走る常磐線は100キロにわたって津波にのまれた。駅に止まっていた電車は折れ曲がり、貨車は倒れて載っていたコンテナが散らばった。しかし、67トンある重たい「赤べこ」は線路の上に踏みとどまった。
そのED75、1039号機は、3月11日午後2時46分、常磐線の上り貨物第92列車、札幌貨物ターミナル発、隅田川(貨物駅)行きを引いていた。積み荷は米やタマネギ、ジャガイモなど。首都圏の人たちの胃袋に収まるはずだった北海道の味覚。海水に浸ってしまったが、これらの食糧は臨機に、救援物資として避難所へ届けられたという。幸い、運転士はすんでのところで逃げて助かった。
ED75は貨物だけでなく、ブルートレインや夜行急行、鈍行列車も引っ張った。東海道に遅れること18年、東北に新幹線ができたのは1982年。それまで、仙台や盛岡や青森は遠かった。ときに地元の高校生を乗せ、進学や就職で上京する若者を乗せただろう。故郷に錦を飾る人、逆に夢破れて都会を離れた人も。「赤べこ」は東北の人たちの人生の傍らにいた。
10月半ば、92列車が津波を受けた宮城県の常磐線・浜吉田~山下駅間を訪ね、ED75を間近に眺めた。冬が来る前に、その場で解体されるという。福島駅で買ったお酒を連結器にかけてねぎらっていたら、涙が出た。
(齊藤大起)
ED75 1039号機