発車ベルが鳴る。列車が動く。息せき切ってホームに駆け上がる二つの人影。そのまま走りだした客車に飛び乗る。そんな駆け込みが何でもないかのように済まされるところが、いかにも戦後を残す時代である
▼昨年は松本清張の生誕百年で、新たな映画化も相次いだ。これを機に昔の映像作品を買って楽しむ。清張の推理小説には実によく鉄道が出てきて物語を進める。冒頭のシーンは昭和33年封切りの「張込み」(野村芳太郎監督)だ
▼清張映画を見るには復刻版の日本交通公社時刻表が欠かせない。映画「張込み」で2人の刑事が新聞記者に気づかれないよう途中の横浜駅から駆け込むのは「23時06分発の急行『さつま』」。その放送音声も入っている。だが、この発車時間はおかしい
▼昭和30年の原作では「列車は横浜を21時30分に出る」とある。当時はまだ急行「さつま」はなく、その前身「筑紫」が題材になったと思われる。映画が「さつま」として描くのはいいが、当時の時刻表(昭和31年版)と照らす限り横浜発は23時19分のはずだ
▼あれは実は急行「伊勢」を撮影に使ったという説がある。同時刻表を繰ると「伊勢」は横浜23時34分発。やっぱりおかしい。23時06分発というなら急行「大和」になってしまう。物語はどこへ行く。ううむ。清張だけに謎めく。
(F)