「第一阿房列車」収録の「鹿児島阿房列車 前章」で、博多行き急行「筑紫」号のコムパアトに納まった内田百閒先生。汽車の加速に合わせ、魔法瓶のお酒のピッチも上がる
▼大船を過ぎるころには酔いが回った。線路の継ぎ目を刻んで走る歯切れのいい音が「たッたッたッ」から「ちッとやそッとの、ちッとやそッとの」と聞こえだす。「汽車に乗っていて、そう云(い)う事が口に乗って、それが耳についたら、どこ迄(まで)行っても振るい落とせるものではない」。リズムに乗って手踊りを始めそうになる。分かるなぁ
▼山口瞳「温泉へ行こう」(新潮社)は、編集者と全国の名湯秘湯を訪ねる昭和の好エッセー。阿房列車のパロディー的要素を多分に含む。出発のホームに百閒らを見送りに現れる見送亭夢袋に相当するのが、慎重社のパラオ君ら。「おつまみチーズ、貝柱風」「坂角のゑびせんべい」などの旅の友を持参し、「えっえっえっ。こんなもの召し上がりますか」と差し出す
▼百閒の走行音の「聞きなし」を山口が意識したのかは分からないが、電車ごっこの思い出話に、こんな一文がある。「僕の腹違いの兄は『ガッタンユキ、ガッタンユキ』だと言って譲らなかった。(中略)いかにも前方に動いている感じで新解釈だと思った」
▼先日、久しぶりにSLに乗ったら、減速時の音が耳についた。「我訓、我訓、我ッ訓!」。これは山口が書いているのと同じ表記だった。
(N)
