黒部峡谷鉄道のトロッコに乗車したことがある。電源開発の輸送手段として出発した鉄道も今や代表的な観光路線として親しまれている。峡谷を流れる水の青、目も覚めるような緑、川面から吹き上がる涼風を楽しみながら、電力会社の専用線として使用されていた戦前のトロッコや沿線風景はどんなだったろうと感慨を抱いた
▼そこで思いだされたのが佐藤垢石(1888―1956)の紀行文「魔味談」。垢石は新聞記者を経て雑誌「つり人」の創刊にかかわった。また、釣りを中心とした随筆を多く発表した
▼「魔味談」は南満州鉄道(満鉄)などの招きで1944(昭和19)年8月から10月、満州を釣り歩いた記録だ。この年、サイパン陥落など戦況は悪化の一途をたどったが、垢石はといえば行く先々で歓待を受け、美味に舌を喜ばせ、美酒に酔いしれている。ノンキといえばノンキな旅だった
▼一行は大物の潜む釣り場を求め、伐採用の森林鉄道やインクライン、満鉄の貨物列車まで利用し、トラやヒョウなど猛獣のうごめく奥地へ足を延ばす。駅と駅の中間で列車の速度を緩めてもらい、車両から飛び降りるという荒技も…
▼垢石が車窓から見た大陸の秋は、コウリャン畑が地平線まで続き、人家が点在していた。豊かで物寂しい大地。危険と隣り合わせの、冒険といってもいい旅をした垢石は、ただの飲んべえじゃなかった。
(N)
