昭和30年代のテレビは一般的に故障が多かったのだろうか。少なくとも我が家のテレビは頻繁に壊れた。ブラウン管の真ん中にポツンと残る丸い光の点を見て、首をかしげていた父は、秋葉原の電気街に出掛けた。せがんで同行した
▼ブラックボックス化した現代のテレビとは訳が違う。電気の技術者の端くれだった父は、秋葉原のパーツ屋で真空管を入手しては、自分で修理した。その買い出しについていったのは、神田須田町にあった交通博物館を見学させてもらうためだった
▼展示物はほかにも数多くあったのに、カットした電車の展示が好きでたまらなかった。車掌気分になって、スイッチでドアを開閉するのに夢中になり、後ろに順番待ちの列ができているのも無視。父から注意され、渋々交代した。次に見るのは決まって大きなジオラマを鉄道模型が走るコーナーで、電車がトンネルに入ったり出たりする様子を飽かずに眺めていたことを記憶している
▼ご存じのように交通博物館は2006年5月に閉館した。先日、その辺りを歩いた。跡地には神田万世橋ビル(仮称)が来年の完成を目指して建設中だ
▼神田川にかかる橋の上から秋葉原方面のにぎわいを望む。旧万世橋駅のなごりを残すレンガ塀の落ち着いた赤と、「アキバ」の看板のあざとい赤が対照的だった。
(N)
